
コミュニティースクール

思い出の記録
妙高高原町立妙高中学校「50周年記念誌~思い出の記」より
第30回卒業生から第39回卒業生
中学時代を振り返って
第30回卒 築田 まゆみ
中学に入る時、制服は嬉しかったけど、『男は坊主、女はショートカット』…これが嫌だった。小学校の時、伸ばした髪をバッサリ切り落とし、なんだか、みんな同じ……。
夏休みは嬉しかったけど、『薬草採集』…これが嫌だった。炎天下、ヘビが出ないかドキドキしながら採った。
バス遠足は嬉しかったけど、『車酔い』…これが嫌だった。集合写真は、いつも、やつれ顔に写っている。などと、ひねくれた思い出もあったけど、「中学時代の頃?」と考え、思い浮かぶのは、気の合った友達との楽しい事ばかりである。休み時間のおしゃべりや、放課後のショー?など、たわいもない事の方が、より鮮明に覚えていたりする。卒業から20年もたった今、「あの頃は良かったなあ。」と、口にする自分がいる。
「生命(いのち)」
第31回卒 山賀 武
土石流災害発生!! 修学旅行から帰った翌朝、妙高山から伸びて来た自然の魔の手は、私達の同級生に襲いかかり、命まで奪って行ってしまった。
中学時代を振り返る時、様々な楽しい思い出と共にこの悪夢が蘇ってくる。あの時誰もが誓ったのではないだろうか。「彼女の分も精一杯生きるんだ」と。命の重さ、自然の力の偉大さは、この時以来しっかりと皆の心に根付いたまま、今日に至っているはずである。
時が過ぎて行き、校舎すら変わってしまった。しかし、当時私達が学び得た、生きる事の大切さは、一人の大人として各人が、次世代の子供達に語り継いで行かなくてはならないであろう。
中学校
第32回卒 山崎 茂
最初に妙高中学校創立50周年おめでとうございます。今、思うと中学校生活の3年間というのは、「あっ」という間の3年間でした。
入学した時には、3年生が妙に大人っぽく見えたものですが、それがあっという間に自分が3年生になっていて、卒業してしまいました。自分たちの頃は、今の様な「いじめ」はなかったかな~。いや、あったけれども、もっと「さばさば」していたような気がするな。毎日が楽しかったな。今、想い出すと、中学生活は、あっという間で、夏の日の様に「さっ」と過ぎてしまったな。
話は変わりますが、自分は昨年、結婚して、今年の5月に娘の「菜々」が生まれました。この子が、中学へ行く頃は、どんな時代になっているのかな。
クロスカントリースキー
第33回卒 築田 俊幸
昭和56年2月21日、雄大な妙高山を背に第36回国民体育大会スキー競技会の開会式が激しく降り続く雪の中、妙中グランドで行われ、この開会式で聖火の点火者として起用されたことを思い出す。
幼い頃より妙高の地で雪にいそしみ、(クロカン)競技者として今まで接しられる事、苦しみに耐え雪原を走り抜き、勝者として笑い、時には敗者として泣き、多くの事を学び、良き先生方、良き友と出逢えた事、聖火トーチを強く握り締めた手の温もりは、妙中時代の証、決して忘れない。
最後になりましたが、創立50周年、おめでとうございます。その歴史に一つの足跡を残せた事を嬉しく思い、「頑張れ、妙中健児」これからも妙中にエールを送ります。
あの頃
第34回卒 木下 慎一
今もあるでしょうか、グランドの周囲林間マラソンコース。ふと思い出しました。クラブ活動で走らされたあのコースです。夏休みの練習の時、妙に蝉の声がうるさくてそれがあたりまえなのですが、最近は、蝉や蜩の声が小さく思えてきます。
幸いにも、自分のめざす夢や目標に向かえた私ですが、社会に出て、いい意味で挫折や苦しみにぶつかり、本音と建前が分かってくると、妙に本音でぶつかり合えた友達や先生、クラブ活動のことがいろいろと懐かしく思います。
私にとってこの中学時代というのは、もどりたくても、もうもどれない。いちばん自分らしい自分だった思い出なんだと思うし、いちばん大切にしたい一口には言えない思い出です。
最高の宝物
第35回卒 引場 和人
卒業して、今年で15年になりますが、今、振り返ってみるとよく先生に怒られたことと、体育祭、合唱コンクール、スキー大会などクラス対抗の行事になると異様なほど燃えていたことを思い出します。
泣いたり、笑ったりしながら一人一人がそれぞれに一生懸命でした。そんな仲間と、無我夢中で走り抜けた中学校の3年間は、私にとって最高の宝物です。
中学の頃
第36回卒 岡宮 祐次郎
僕はこの作文の依頼が来た時は、「ちょっと、困った物を受けちゃったな。」と思いました。中学時代の思い出と言われても、全てが思い出というか、遠い良き昔というか何を取り上げてよいかわからないというのが、正直な気持ちでした。
しかし、中学からの思春期時代が、今の自分を造る上での最も重要な時だったと思います。友達と喧嘩して嫌な自分を見たこと、野球部でAK大会3位に終わり上越大会に進めず、もっと頑張れば良かったと後悔したこと、先生に叱られたことなど、取り上げればキリがありませんがこの時の全てが、今の自分を造っているのだと思います。
今の中学校の様子が、どんな風に変わったか分かりませんが、僕が育った頃の町立妙中のままでいてほしいと思います。
中学生活
第37回卒 小井戸 厚
入学. 新しい仲間との出会い。 新鮮だった。
勉強 もう少し頑張っていれば……
部活 汗を流し頑張った。 青春していた。
卒業 仲間との別れ。 つらかった。
大雑把ではあるが、一つ一つ細かい事を思い出しても、きりが無い。大人になる手前、たぶん一番純真な気持ちを持っている時に中学生活を送り、3年間という本当に短い期間ではあったが、出会いから別れ、素晴らしい体験をした。あの頃の純真な気持ちを懐かしく、いつのまにか大人になってしまったようだ。
ふと中学時代を思い出す事
第38回卒 小林 茂樹
先日、同級生の結婚式に招かれた。先輩・後輩含めて大勢の同窓生にお会いした。中学時代は皆、丸坊主であった同級生たちが、それぞれに思い思いの髪型をしていた。地元を離れて、もう8年、ふとしたことから当時のことが蘇る。
部活・体育祭・合唱コンクール。授業中の雑談・先生に叱られたこと、思い出すのは残念ながら勉強よりも、友人たちと一緒に頑張ったこと、語り合ったこと、遊んだことの方が多い。
今でも私の友人は妙高中学校の同級生が多い。同じ時間同じ経験の多くを共に過ごしてきた仲間だから心置きなくつき合えるからだと思う。
十年ひと昔…
第39回卒 成合 亜貴子
私が中学生の時…今から十年前の事である。十年ひと昔という言葉があるが、当時の思い出深い出来事は、未だに脳裏に鮮明に焼き付いている。あの頃は、私の25年の人生の中でもっとも熱い時代ときであったように思う。
卒業時に担任だった先生は、今なお良きアドバイザーとして私が頼りにしている存在である。その師も当時を振り返りこうおっしゃった。「あの頃の君達は一番パワーがあったね。」と。確かに何事にも熱っぽく取り組み、文字通り熱い時を過ごした。そんなパワフル集団も、現在は社会に出て各々活躍している。
しかし、時に社会の逆風に負けそうになったなら、あの頃熱唱していた「妙中応援歌」を思い出し(振付で)自分自身を元気づけることだろう。

